常景(十) マーケット前の広場

 昼日中の空は薄灰色の雲に覆われている。広場のベンチで中年の男が新聞を読んでいる。足下の石畳に、天井の網目のフェンスや鉄骨の影が交叉して幾何学模様に淡く落ちている。マーケットの二階出入り口から架設されて伸びる歩行通路を、マスク姿の客が一人、二人と間遠に左右に行く。通路の下裏に敷設されたスプリングクラーから、水蒸気が簾のように真下に噴霧されている。幼児の手を引いた若い婦人が、霧簾を頭上に、スマホを見ながら一階入口へと向かう。ポツリポツリと雨滴が落ち始め、ベンチの数人が立ち上がる。マーケットエリアの従業員らしき、IDカードを胸に垂らした中年の男が、灰皿スタンドに煙草をもみ消し、足早に広場から立ち去る。カラスが一羽、二羽と低く飛んで、木立の中へと入り行く。

(2020年9月2日)