常景(七) 坂通り

 丈高く繁茂する並木を両脇に、ゆるい上り坂道がつづく。その中ほどで白マスクの老男が歩道の縁に立って、通りの反対側の方をしばし仰ぎ見ている。老男の目先の電線に、雀らしき小鳥が一羽だけ止まっている。下から見ると、小鳥のシルエットは街路樹のてっぺん近くにあり、さらに歩道沿いの高台に建つ団地の、居住棟の側壁に示された「10」の棟番号よりは少し低くに位置する。車が間をおいて一台、また一台と通過するが、小鳥に飛び立つ気配はない。薄青を背色にした夕空に、朱味を帯びた灰色の薄い雲が延べ拡がっている。老男が歩き出してすぐそばのバス停のベンチ座る。が、小鳥は首を左右に振るだけで、羽ばたき一つもせずにまだそこにいる。

(2020年5月28日)